Dec. 21, 2010
「すごく荒っぽい話だけれど、建築家は、造形を建築ととらえている人と、そこに孕む空気を建築ととらえている人とに二分できる。建築は、もちろん、物理的
環境なので、形をもつし、素材ももつ。つまり、造形物だ。でも、その造形をネガとすれば、そこにポジとして孕んだ空気がある。ポジとネガはセットなので、
どちらか一方だけというわけにはいかない。でも、見ているところの比重は、人によって違う。その比重によって、造形派と空気派に分かれる。やっぱり、荒っ
ぽい話だ。
でも、こんなことを言い出すのは、建築を造形としてとらえている人が大多数、と思うからだ。建築家がそういうだけでなく、一般の人も そう。たとえば、《テーブル》に戻れば、少なくともぼくが会って話した人では、その薄さにびっくりした、という人が圧倒的に多い。そういう人は、《テーブ ル》をモノとして見ている。つまり、造形として見ている。もちろん、それが孕むたゆたう世界に驚いたという人もいる。でも、そんなふうに空気として見る人 は、数で言えば、やっぱり少ない。その比率は、《四角いふうせん》でも同じこと。巨大で重い立体が浮いているのに反応する人が造形派だとすれば、そのこと によって生まれている隙間の世界に反応する人が空気派。やっぱり造形派の方が圧倒的に多い」
でも、こんなことを言い出すのは、建築を造形としてとらえている人が大多数、と思うからだ。建築家がそういうだけでなく、一般の人も そう。たとえば、《テーブル》に戻れば、少なくともぼくが会って話した人では、その薄さにびっくりした、という人が圧倒的に多い。そういう人は、《テーブ ル》をモノとして見ている。つまり、造形として見ている。もちろん、それが孕むたゆたう世界に驚いたという人もいる。でも、そんなふうに空気として見る人 は、数で言えば、やっぱり少ない。その比率は、《四角いふうせん》でも同じこと。巨大で重い立体が浮いているのに反応する人が造形派だとすれば、そのこと によって生まれている隙間の世界に反応する人が空気派。やっぱり造形派の方が圧倒的に多い」